「なぜ入卒園に『きもの』を着るの?」
和の國便り104号より抜粋           コラム:茨木國夫

それは、卒業式なら「一年間、我が子を本当にありがとうございました」という感謝の気持ちを、入学式なら「これから我が子を、どうかよろしくお願いします」という気持ちを「きもの姿」に託しているからなのです。
大勢の中、個人的にその気持ちを伝えることができればいいのですが、親がきものを着て式典に参列すること自体が先生に対して、「祈願や尊敬、感謝の念」を、「きもの姿」で表現していることになるのです。

実際、「きものを着る」という行為は、めんどうで大変な行為です。髪のセットに行ったり着付けをしてもらったり、その着るきものも一カ月以上前から「何を着よう?」と考え、準備もかかります。洋服に比べ、数倍神経を使うのは、当然のことですが、それだけ準備をしてその式典に臨む姿が、「日本人の美学」であり、真の「日本美人」だと私は思います。

まさに、「語らずとも想いを伝えるきもの姿」、それが連綿と続いている日本人の「礼節」って、素敵ですよね。



昨晩からダッシュで「和の國便り105号」を作成している中、拙者が書かせて頂いた上記のコラムをブログ掲載していないことに、今気づきました。
このことで、お手紙を頂いたりしていますが、静寂な池の中に石を投げたら、そこからその輪がひろがっていくような…そんな感じがしています。

古池や かわず飛び込む 水の音



何でも「気づき」って大切ですね。
やはり「気づき」には、「本気モード」が必要なのかもしれません。
何事にも、一所懸命頑張ります。
…と言いつつも、ちょっぴり焦りがある國さんでした。