3f836f7b.jpgみなさまこんにちは、スタッフの鋤先美紀子です。
先日まで1週間ほどお休みをいただき、用事で東京の実家に戻っておりました。
今日は、東京で見聞きしたことについて、書かせていただきます。

戻ったのが震災発生から6日後のことで、熊本にいて入ってくる情報と、実際に住んでいる人々から聞く話とでは、大きく印象が変わりました。

余震や物不足に不安を抱える方。通勤のラッシュが、かつて経験したことのない程の混雑ぶりで、押しつぶされそうだった…と恐怖にかられる方。
会社からの帰りに、バスを下り、自宅まで歩く夜道が真っ暗でとても怖い(多分今も)、という方…、と実体験を聞けば聞くほど、熊本にいて想像していたことと、余りにもかけ離れています。

東京の23区内も余震が,ずーっと続いており、余震がおきていない時も、揺れているような錯覚を起こすため、「毎日落ち着かず、何をするにもやる気がおきない」という友人。(被災地の方々の大変さと比べれば、こんなことは言っていられない、とわかっていても、です)

その一方で、「自分達は、できるだけいつものように過ごすべき(もちろん、節電等の節約はしながら、ですが)」と話す友人。
その彼女は震災の日は会社に留まり、週明けからは、通勤に2倍の時間(往復4時間)をかけて、会社に通っています。


17時以降は、主要な駅前では会社やお店の明かりや看板ネオンが消え、街灯も消え、見たことのない光景というか、光がほとんどない環境です。
私は余り外に出なかったので、通ったところしかわかりませんが、夕方地下鉄の駅に入ると、行先表示の白いパネル等も電気が消えているため、終電時のような印象です。
ですが慣れてくると、明かりのない駅も「機能できるんだ」と実感です。

また、青山付近に住む友人いわく、ご近所のおじさま、おばさまは、「夜、このくらい光の量が少ない方が、とっても落ち着く。この先もこれぐらいの量で維持してもいいのでは?」とおっしゃっているそうです。
そのことにも、すごく共感できました。

それから物不足についても、母は「戦争で物がなかった時期を経験しているから、大丈夫。無いなら無いなりに、どうにか暮らしていけばいい」と、でーんと構えていました。
外に出かけない代わりに、母とそんな会話をする時間も沢山でき、今まで当たり前、と感じていた資源の有り難さに、感謝の気持ちも芽生えます。。。


長文におつきあいいただき、ありがとうございます。
熊本に嫁いで17年、気持ち新たに頑張ります。   
                                鋤先美紀子